時代は「根性論」から「ポジティブ思考」を経て「脳の鍛錬」へ
今まで,スポーツやビジネス現場におけるメンタルトレーニングの場合,
わずかに水の入ったコップを見て,まだこれだけ水が残っているというように自分自身に思い込ませる認知行動療法や,一時的に気分を改善させるポジティブイメージや深呼吸がメインに取り組まれてきました.
しかしここにきて,そうした心理的スキルに変わって「マインドフルネス」と呼ばれる心理療法が,
スポーツ現場でだけでなく,海外の大手企業や,今まで認知行動療法を取り入れてきた医療機関においてもメインの治療プログラムとして扱うようになってきました.
なぜマインドフルネスがこれほどまでに広まったのでしょうか?
メンタルヘルス改善の効果が高いのはいうまでもありません.
今までの心理療法と大きく異なるのは,長期的に実習することで,脳の構造自体が変化し,その結果,脳機能が正常化し,メンタルが改善されるということです.
もちろんマインドフルネスは,実習前後において気分の改善も起こりますが,そうした短期的な効果だけでなく,まさに肉体における筋力トレーニングのごとく段階的に脳を鍛えることができるのです.
多くの大学機関や研究機関によるfMRIなどを使った実験でも6~8週間後の脳の変化は明らかです.
脳の中でも特に背外側前頭前や島皮質などの変化が著しく,さらに不安と関わる扁桃体の体積も縮小することが明らかになってきました.
扁桃体自体の体積が縮小し,さらに背外側前頭前の活性化は扁桃体からの出力を抑える効果があることも明らかです.
こうした脳のシステムが変化することでメンタル面に好影響がもたらされると推測されています.
実際,うつ病患者の再発率に関しては,薬による治療成績よりもむしろ上だということも明らかになってきました.
いずれにしましても,試合当日になって慌てて,深呼吸やポジティブイメージをする従来のメンタルアプローチとは根本的に考え方が異なるのです.
近年ではこのように脳自体を鍛え,脳のシステムを変えることで,心の働きを変えていくというメンタルトレーニングが主流になりつつあります.
⇒マインドフルネス熟練者は自己モニタリング機能と関連する(1)島皮質,(2)前頭極~前頭前野背外側部,(3)体性感覚野が分厚く発達していることが明らかになった(Lazar et al., 2005).
あたかも筋トレのように脳も鍛えれば発達するという証拠である.
長時間練習で得られた自信はアスリートにとって自己価値観,自己イメージを向上させることには役立ちますが,そのことと本番でのメンタルの強さは大きく異なってくるのです.
コーチが「プレーだけに集中しろ!」と言い,アスリートはそれに従おうと思いますが,雑念や勝敗が頭をよぎりなかなか思うようにいきません.
それは当然の話で,今に集中するための脳の回路ができていないからなのです.
リハビリテーションでも動きにくくなった手足を辛抱強く繰り返し動かすことで,元のように動きやすい動きが徐々に取り戻されてきます.
これも脳と手足の間の神経回路が正常化することで起こる現象です.
このことがそのままメンタル面での今に集中することの現象につながるのです.
つまり目の前のプレーに集中し,不安を軽減させるには,ヨガやマインドフルネスのような今に意識を集中させるトレーニングをわざわざ時間を取って日々のルーティンとして行う必要があるのです.
そうすれば,脳の構造が変わり,試合中において,よりプレー自体に集中できるようになっていきます.
これまで,多くのアスリートが自分の課題はメンタルだと言ってきました.
しかし取り組んでいることといえば,試合中の深呼吸やポジティブイメージぐらいなものでした.
心技体の中で,「技」と「体」は試合までにしっかり準備するのにも関わらず,「心」に関しては試合まで何も準備せず,試合が始まってから深呼吸をするというのもおかしな話です.
試合当日になってパワーやスピードを高めようと体を鍛え始める人はまずいないはずです.
メンタルも体と同じように試合までにしっかり鍛え込んでおくものなのです.
実際のメンタルの鍛え方に関しては,「勝てる脳」を鍛える5つのストラテジーをご参照下さい.